夏草や兵どもが夢の跡 - 感想:官僚たちの夏 -

 

官僚たちの夏 (新潮文庫)

官僚たちの夏 (新潮文庫)

 

 

1960年代、官僚たちは日本を経済発展させるため何を考えていたか。

彼らの考えや生き方は周囲からどのように受け止められていたのか。

官僚たちの夏はミスター・通産省(現経済産業省)こと風越信吾を主人公として、政府・財界などを舞台とした戦いを描きます。

以下ネタバレ有り。

 

私も読了後に知ったのですが、この作品は実話・実在の人物を題材にして書かれています。作中の風越が経験する苦労も人事も基本的にはモデルである佐橋滋さんに起きた出来事です。

しかしながら、この本は佐橋さんの伝記として読む作品ではないと思います。

これは世の中の多くのサラリーマンの人生が凝縮された本です。

官僚たちの夏を読むことで読者は官僚としての生きざまをリアルに追体験することができます。この描写のリアルさによって社会人の読者は仕事の苦労を風越と共有することができ、既に引退されている方々は自分の体験を呼び起こすことができると思います。

また、風越は一癖も二癖もある人物です。そのため周囲の評価や批判を気にしない生きざまに憧れつつも実行できない読者のIFとしての読み方も出来るのではないでしょうか(サラリーマン金太郎に近い楽しみ方かもしれませんね)。

 

一方で、実在の歴史を踏まえてるだけあって、60年前後の日本経済や政策に疎いとストーリーに入り込めない部分も多いように感じます。

逆に言えばその時代に理解の深い人にとってはこれ以上ないリアルが展開されていて、私のような当時を知らない人はこの本をきっかけに当時の出来事について調べることで歴史を想像することができると思います。

 

この作品の肝は、価値観と時代の変化、そしてそれに伴う風越の栄枯盛衰です。

一つの時代を作り、栄華を極め、やがて滅びるというのは歴史小説などでは定番ですが、これを現代社会の労働者に当てはめて書き切った点が個人的に目新しく、最後まで楽しめる魅力となりました。

作中に頻繁に出てくる労働への価値観として「無定量・無際限に働くもの」という言葉があります。この価値観こそが風越の正義であり、逆にこれにそぐわない片山などは実力以下の評価を下しています。

この価値観で大きなことを成し遂げることができた時代も確かにあったのですが、現実に、現代日本でこの考え方はワークライフバランスなどの新たな価値観のもとに否定されています。

この新旧二つの価値観の移り変わりの始まりの時代を描いたのが本作品です。価値観が変わるということ、その機微を適切に読めなかった場合にどのような結末をたどるのかということをこの作品で追体験できます。

 

社会人として働く人、日本経済や政策を勉強している人にはぜひ読んでみてほしい一冊でした。